東アフリカ-植林事業-
「かけ橋」や「もうひとつのかけ橋」に掲載された記事などを中心に現地の様子や現地でのNVCの活動に関する情報をおとどけします。
東アフリカレポート
東アフリカレポート-index-
「マダガスカル国植林ボランティア」(「かけ橋」17号:2001年6月11日発行)
東アフリカ事業=ケニア=と36th スタディツアーのお知らせ(「かけ橋」第19号:2002年5月27日発行)
ケニアスタディツアーに参加して(「かけ橋」第20号:2002年11月25日発行)
ケニアスタディツアーを終えて(「かけ橋」第20号:2002年11月25日発行)
「マダガスカル国植林ボランティア」(「かけ橋」17号:2001年6月11日発行)
嶋田 正義運営委員
横っ跳びザルや童話でおなじみのアイアイ、星の王子様の物語に出てくるバオバブの木で知られているこの国は、現在環境破壊の波に襲われており、日本国際協力事業団(JICA)が、さまざまなプロジェクトを開始し世界でもきわめて特異な生態系の復活を目指しています。
そのプロジェクトの一つ、土壌浸食防止植林ボランティアに昨年12月11日〜20日までの10日間参加しました。
今回の活動場所は首都アンタナナリボから150km位北東にあるマダガスカル最大の湖、アラオトラ湖周辺です。この地域は国内産米の約2割を生産するマダガスカル最大の穀倉地帯ですが、近年河川上流域での土壌浸食が激しく土砂流出によりアラオトラ湖の表面積はこの数十年で1/3になったと言われています。又用水路に土砂堆積がおこり、主食である稲作にも支障をきたしています。
これまでに世界銀行やフランス政府が浚渫作業を行ってきましたが、すぐに土砂堆積してしまい焼け石に水の状態になっているのです。その原因の一つに、貧しさ故土地を持たない人々が国有林の木を勝手に切り、炭を焼き、そして道端で安く売って生活の糧にしていると言う事実があるからです。
木を切った後は焼き畑を行い、米・とうもろこし・キャッサバ(さつま芋に似た澱粉質な芋)の順で作物を作り、最後には養分すら残らない土壌となった土も一緒に焼くものですから、その代償として、森林再生がほとんど出来ない状態となるわけです。
そのせいか首都アンタナナリボからアンバトラザカ市までの約250kmの道のりでさえ各山々はハゲ山となり、いたる所に赤い引っかき傷にも似た爪跡が見られるのです。
その爪跡の一つが私たちの目指す場所です。アンバトラザカ市から車で1時間位の所ではすさまじいまでの土壌浸食があり、川は土砂の堆積で道路となり、田畑はグランドと間違えるくらいです。このような、今迄に見たことのない土壌浸食に侵食を重ねて出来た落差100m以上にも達する真っ赤な滑落崖の上部を、もうこれ以上雨水による表面侵食から守るため幅50cm、深さ30cmの水路を掘ることが今回の仕事の一つです。鉄分90%、マンガン等10%で空気に触れると酸化して真っ赤に変わる鉄のように固いラトライト土壌も一旦水を含むとグチャグチャになり侵食も早く進みます。(ラトライト土壌:砂岩)
次は下流への土砂流出を防ぐための土のう積みです。大きな麻袋の中にパンパンになるまで土砂を詰めて運び、積むわけですから大変な重労働です。それでも村人達と一緒に流した汗は、一つの事をやり遂げた満足感で一杯でした。
残るのは植林作業ですが、この辺りでは僅かな養分で成長可能と言われているユウカリの木を2〜3年前に植林したそうですが、ほとんど全滅状態となっているのです。それは木の選定が誤っていたからだと、JICAの仲村専門員が熱ぽく語ってくれました。そして、最後の切り札として登場したのがハゴロモの木だそうです。このハゴロモの木とは、豆科の植物で根に付く根粒菌によって空気中の窒素を固定して植物体に供給するから養分の少ないラトライト土壌にはうってつけな木だそうです。今年は雨期に入って1ヶ月以上も経過しているのに、雨らしい雨がほとんどほとんど降らないので植林作業は出来ませんでしたが、この魔法のハゴロモの木でマダガスカルの山々が緑一杯になることを希望して私の報告とします。
なお、マダガスカルの治山森林大臣から新潟県知事宛てに感謝状を頂きましたので、5月9日、県庁で平山知事に手渡しました。
東アフリカ事業=ケニア=と36th スタディツアーのお知らせ(「かけ橋」第19号:2002年5月27日発行)
峯村康明運営委員
4月7日のN V C 総会においても触れました通り、NVC とJIC の共同事業は本年度より「東アフリカ事業」として活動を行ってゆくことになりました。今夏、第36回ツアーとしてケニアツアーを組むこととなりました。
N V C のスタディーツアーとしてはマダガスカル以外のアフリカへツアーを組織するのは初めてです。
マダガスカルでは土壌侵食防止の作業が中心でしたが、ケニアでは「社会林業」が一つの大きなテーマとなります。以下、ケニアでの活動とツアーについての概略をお知らせします。
●社会林業とは=ツアーの目的=
ケニアでは国土の乾燥、人口増加、エネルギー資源として薪や炭に頼っていることなどにより森林が減少傾向にあります。このため、ケニア政府では国内の緑化を図り、薪炭林の供給不足等に対応しようとしています。このような家庭燃料、家畜飼料、緑陰確保など住民自身の生活安定や福祉向上のために欠かせない植林、森林管理、利用活動が「社会林業」です。
今回のツアーでは、JICA が現地で行っている「ケニア半乾燥地社会林業普及モデル開発計画(通称、S O F E M Social Forestry Extension Model Development Project for Semi- Arid Areas in Kenya )」に協力すること、また農家の社会条件調査を行い農地林造成に係る農民の基礎データ収集することを目的としています。
●旅程
2002 年8 月16 日出発
日本・ケニア間の移動を含めると全日程で1 2日前後のツアーとなります。詳細は決まり次第御案内しますので、HP など注意していて下さい。
現地での行動日程
1 日目 ケニア(ナイロビ)到着→オリエンテーション
2 日目 日本大使館,JICA を表敬訪問移動(ナイロビ→キツイ)
3 日目 社会林業に関する講義プロジェクト視察
4 〜6 日目 農家での農地林視察及び社会条件調査
6 日目 移動(ナイロビ→キツイ)
7,8 日目 ミニツアー(予定)
9 日目 現地の学生との交流会ケニア(ナイロビ)発
●費用
24 万円程度
(内訳)移動費;航空券約20 万円+TAX、現地での滞在費;2 万5 千円程度、その他
●なお、今回も人数次第では、特別の事務局を設けます。早稲田の学生に関しては、永井亜矢子さんが担当します。
※ ここに記載しました内容は、現時点におけるものであり、今後計画を進めていく上で変更が生じる可能性があります。予めご了承下さい。
ケニアスタディツアーに参加して(「かけ橋」第20号:2002年11月25日発行)
大懸重樹
『疎らに生えた背丈の低い木々と地肌が露出し朽葉色した広大な大地』これはナイロビ国際空港を出てはじめて目にした風景の印象である。はじめて足を付けたアフリカ・ケニアの大地に胸が高鳴った。今夏、第3 6 回スタディーツアーに参加し、ケニアにおけるJ I C A のプロジェクトであるS O F E M (ケニア半乾燥地社会林業普及モデル開発計画)の一端に触れることができた。このツアーでは、S O F E M に関わる農家の社会条件調査を行い、農家の基礎データを収集することが主な目的である。参加者は、新潟国際ボランティアセンター、早稲田大学多賀ゼミ生、早稲田大学インターンシップ、早稲田大学ボランティアセンター、富山大学、金城学院大学、新潟大学など学生や社会人から構成されている。
事前にツアーの内容をJ I C A の専門家の仲村氏に聞き、「社会林業?」、「アグロフォレストリー?」と知らないことだらけだった。
このままでは口を開けっ放しで一週間という短い滞在期間を過ごしてしまうと思った。そこで新潟大学の学生で構成されるメンバーで、そんな危機感や大きな期待を胸に勉強会を開くことになった。プロジェクトに関するテキストを読み、週に一度メンバー持ち回りで章ごとに要約し、プロジェクトに関する内容の理解を試み、ツアーに臨んだ。
社会林業とは、建築材やパルプ材などの木材生産を目的とした従来型の林業を『産業的林業』と呼ぶのに対し、農家や地域住民が、家庭燃料、家畜飼料、緑陰確保など住民自身の生活安定や福祉向上のために自ら行う植林、森林管理、利用活動を意味する。とても地域住民に近い林業のあり方と考えられる。私は、大学院で農業土木を専攻している。「農業土木とは何ぞや?」と思う方もいるかもしれない。農業土木とは、簡単にいうと農業のための土木技術で、田や畑といった食料生産の基盤である農地の生産性や効率性を上げるために、かんがい排水、土地改良などの技術を施すものである。私がこのツアーで見たいものが二つあった。まず一つ目が、現地においてどのような農業が営まれているのかを見たかった。生きていく上で欠くことのできない食料をつくり出す現地の農業を見たかった。当然、温暖で湿潤な気候である日本とは、全く生育条件が違うため、収穫できる農産物や農作業が異なってくるだろう。また水の引き方や耕作形態など大学での専門的な観点からも見たかった。二つ目が、社会林業の普及の仕方である。国際協力の現場に関わるのは、はじめてだが興味があることがあった。それは地域住民のモチベーションを高め、現地において社会林業技術を普及させる術は何なのか。最近、日本のまちづくりや地域開発の現場において地域住民を主体とする活動を目にする機会がある。そこでは、自分たちで活動の理念や目的を掲げ、方法を立案し実践している。そのプロセスに活動のエネルギーや魂のようなものを感じる。S O F E M では、どのようにプロジェクトが行われているか楽しみだった。
社会条件調査は、キツイ地方の農家のもとで一日滞在して行われた。滞在先はプロジェクトにおいて核となる農家(以下核農家)であり、周辺の農家よりも家の造りが良く、耕地面積も広く、豊かさがうかがえた。キツイ地方は、1 1 月~2月の大雨季と4 月~6 月の小雨季の年に2 回雨季がやってくる。雨季の前に地均しや水保全、土壌浸食対策など農地の準備を行い、雨季の最初の2 、3 ヶ月で農地を耕作し定植を行う。主な自給穀物は、メイズや豆で、野菜はカボチャ、ポテト等、果物はバナナ、オレンジ等が収穫できる。その他に牛やヤギを飼っている。半乾燥地において水は大変貴重な資源であった。降った雨を植林した木の根元に集積させるマイクロキャッチメントは、とても有効な方法であることが分かった。また植物間の水分競合が激しく、下草を刈り取ることが木を生育させる上で大切であった。そしてそれらの技術であるS O F E M の成果を滞在先の核農家や周辺を歩いたときに目にした。そういった技術の普及は、農家が自分たちで活動を見出す住民参加型で行われ、農家から農家へ広げていく方法が取られていた。その背景として、かつては苗木を提供し、植林ボランティアが行われていた。しかしプロジェクトが終了してからは、現地の人たちに木を抜かれたり、家畜に食べられたりと成果が上がらず、現地住民の内面の意識から変えていく必要があった。今回実際の普及の現場や核農家以外の農家の実態を見られなかったのは心残りであったが、普及の仕組みを学ぶことができたことはとても有意義であった。
最後にスタディーツアーに参加してみて、いろいろ収穫があった。念願の国際協力の現場に立つことができたことは当然であるが、このツアーの参加者と接した中にある。社会人と学生、学生間の専門分野の違いなどから興味や物事を洞察する視点、考え方が違っていてたくさん刺激を受けた。その反面、現地の人とのコミュニケーションがほとんどできなかった。これは、これからの課題と言えよう。
ケニアスタディツアーを終えて 「かけ橋」 第20号 2002年11月25日発行
永井亜矢子(会員)
まばらにしか生えていない木々。大地のほとんどを覆い尽くしている赤褐色の土。眼下に広がるこの風景を見たとき、再びアフリカの地に来たのだという興奮が私の体の中に沸き起こった。去年のマダガスカル・スタディーツアーに引き続きアフリカの地に足を踏み入れたのは、今回のケニア・スタディーツアーで2 度目のことであり、アフリカ大陸に降り立ったのは初めてのことであった。そんな興奮覚めやらぬ中、私はふとケニアの方がマダガスカルよりも緑に覆われていると思った。なぜなら、マダガスカルを機内から見た時、マダガスカルの地形の大部分を山地が占めていることから、保水能力を失った山々は土壌浸食の影響から山肌をあらわにし、さらに日本で見ているような山とは明らかに異なっている状態に衝撃を受けたからであった。そのような景色に比べると、ケニアは地形のほぼ半分が平地であり、機内からの風景だけでは目立って何か危機的な状態を察することは困難であった。
しかし、ケニア・スタディーツアーの主旨であるケニア半乾燥地社会林業普及モデル開発計画(S O F E M )の講義や専門家のお話を伺うにつれて、目で見て感じ取った状況よりも深刻な状況にケニアが見舞われていたということを知り、さらにS O F E M のプロジェクトに参加している農家に社会条件調査という形でホームステイをさせていただいたことで、より一層はっきりとした形で半乾燥地に暮らす人々の大変さというものを実感することが出来た。というのも、私がお世話になったホームステイ先の農家は特に裕福な家庭であり、「水」に関しても不自由をしている様相を伺うことは出来なかった。しかし、「トマトに水をやる」という作業を手伝ったときに、この国における「水」というものの存在の貴重さに驚きを隠せなかった、なぜなら、トマトにやる水とはいえ、私の目の前にあった水にはボウフラが沸き、異臭を放っていたのである。近くを流れている川は干からびていて、雨水などを貯めておかないと作物を作る際に、本当に成す術が無いのである。よく思い返してみると、無駄に水を使用している姿をみたことがなかった。手を洗う水も、必ず桶に入れ、何人も同じ水で手を洗う。そして、最後に汚くなった水を家畜や植物にかけていた。蛇口をひねれば容易に水を手に入れることが出来る生活に慣れてきた人には、何人も同じ水で手を洗うということに対して少し抵抗があるかもしれない。しかし、この地においては致し方無いことなのである。去年のマダガスカル同様、ケニアに来てもやはり「木」、「水」の重要性ということを身にしみて感じた。なぜなら、日本では自然と真正面から向き合う生活を送ってこなかった為、私には「水」と「木」との必要不可欠な関係構造に対しての認識が本当に浅かった。その為、S O F E M が行っている試験場で「木々が水における競合を行わないように等間隔を空けて植えていくことが望ましく、その間隔の数値がわかった」という話を聞いた時には、心の底から人々の努力と知恵に感動した。
このような貴重な経験をしてきた帰国の飛行機の中で、1 つ上のゼミの先輩が言っていた言葉を思い出した。「果たして自分のケニア・スタディーツアー代金をそのまま寄付した方が役に立っていたのではないか」。確かに、私がケニアの人々に今回の旅で寄与することが出来たとは思えない。むしろ、ケニアの人々から、又ツアーに参加された人々から、ケニア現地の専門家から与えられたことの方が多かったように思う。今回、ケニア・スタディーツアーでは事務局という形で参加させていただいた。しかし、私にとって、人の上に立ち、何から何まで指示を出していくということは、生まれて初めての経験だった。そのため、至らない点も多く、何度となく同じ事務局の人々に、多賀教授に、又現地の専門家に、ツアー参加者に助けられた。このようなケニアでの経験を通して、自分自身が一回りくらいは大きくなれたように思う。
先日、私は免許合宿で糸魚川市を訪れた。大きな道路から見える山々は、緑に覆われ、ちらほら紅葉が始まっていた。このような日本の景色を見て、ケニアの人々にも見せたいと心の底から思った。しかし、この日本の緑は海外の発展途上国などから輸入されてくる木々があるからこそ成り立っていけているのも事実である。そのようなことを考えると目前に広がっている光景に対して、深く考えさせられるものがあった。この景色同様、今の私は与えてもらっているばかりである。与えられた分だけ返していくのが道理である。来年から私は社会に出ることとなるが、社会に出てからこそ何らかの形で私は返していかなくてはならないように思った。