「かけ橋」や「もうひとつのかけ橋」に掲載された記事などを中心に現地の様子や現地でのNVCの活動に関する情報をおとどけします。
難民を出さない国づくりを ベトナム・カンボジア・ラオスのインドジナ三国の難民問題は、現在私連日本人の全てが知るところで、ボートピープルと呼ばれる 難民は、日本での生活を夢見て、たくさんの人々が命をかけて脱出してきています。 【なぜ、彼らは難民に】 インドシナ三国では、長 い間内戦が続き、国中が疲弊しました。社会主義国になって西側の援助が激減した上、農業は自給自足すらできず、また、格別な産業もないため、人々の生活は困難をきわめています。 特にラオスは、山国であり、山間部では米もとれず、生活できない人が難民となっているのです。 【五人に一人は五歳までに死亡】 山間地の農家では、母親が栄養失調で、生まれてくる子が未熟児、おまけにお母さんはおっぱいも出ない。少し育っても、子供自体が栄養不足の上不衛生なため、 マラリアのほかちょっとした病気で死んでしまう...。ある母親は、5人生んで5人共死んでしまい、なんとか生かす方法はないかと私達に質問するありさまです。 ラオスの難民を救うには、「国内で難民を出さない村づくりをすることしかない」とJVCは、二年前よりラオスの婦人連合と共同で、なんとか貧窮と子供の死亡率を減らすべく協議を重ねた結果、「食べられる村」 「健康を保証できる村」づくりが必要であり、また、長期展望の中で生活向上を図るには、村で活動できる人材の養成が必要であるとの結論に達しました。 農村女性に自立心を!! 【女たちがラオスを変える】 とりわけ、ラオスの女性たちは働き者であり、農作業・育児・炊事のみならず、水汲みから荷集めまでこなします。JVCはこうした村の女性の生活改善こそがラオスを変えることになると考え、昨年夏、生活改善指導員養成プログラムを作成し、養成のための研修センターを首都ビエンチャンに建設しました。 【母子保険・。栄養J育児・▼農業】研修センターでの養成プログラムでは、母子保健・栄養・育児・農業などの分野で行なわれます。 このプログラムの特徴は、養成内容をより充実させ、具体的にするため、指導員達が教科を修了し村を巡回して直面した問題や疑問を3カ月後に再度センターに持ち帰って、お互いに議論できるようにカリキュラムを組んだことです。 【第1回研修生27人】 その研修生の第一期生が今年6月から一生懸命学んでいるところです。まだとまどいもありますが、皆がんばっています。 ラオス【位置】 インドシナ半島にあり、北は中国、南はカンボジア、東西をべトナム、タイに挟まれ、特にタイ人との国境はメコン川沿いにあり、人的交流が盛ん。、【人口】 三六〇万人。【国家】 一九七五年、ラオス人民民主共和国が無血革命により成立。以後社会 主義政策をとっている。【民族】 多民族(60)国家【言語】 ラオス語(フランス領時代があり、仏語も)【宗教】 仏教【産業】 農業【難民】 長く続いた内戦で国は疲弊し、内戦時反対勢力だった人たち、村がさびれて食べられなくなった人たちが難民となってタイ方面から出て行った。その数約30万人といわれる。 ラオスの母-BSNラジオ放送生番組より- ●面積は本州ぐらいの広さ 増山 今日はお二人のゲストをお招きしました。ボランティアでラオスで大変活躍されている谷山博史さんと、アジアコネクションでアジアの話をたくさん聞かせていただいた、新潟大法学部の多賀秀敏教授です。 鍵富 谷山さんはどんなお仕事をされており、ボランティアで、ラオスとの関わりをどうしてもたれたのでしょうか。 谷山 日本国際ポランティアセンターというのは、ヴェトナム、カンプチア、ラオスの難民が大量にタイに流れ込んできた時に、日本の若者が難民を救おうとタイに集結し、個人では有効な活動ができないと造った団体です。当初は緊急救援でしたが、難民がなんとか元の国へ戻れるような国造りが必要ではないかと活動を続けているわけです。 鍵富 ラオスという国の雰囲気・政治・経済はどのようなものなのですか。 多賀 広さは本州と同じぐらいで、人口は四〇〇万弱、新野県と山形県を合わせたぐらい、山岳民族で六〇ぐらいの民族がいます。 鍵富 難民というくらいだから、経済的には貧しいのでしょうね。 多賀 人口も二桁違うし、国民所得も二桁違うのではないかと思います。 鍵富 教育はどうですか。 多賀 一応全員が入学することになっていますが、実際に入学するのは八〇%、卒業は一五%ぐらいですね。子供も大事な労働力です。大学はわずか一%ほどです。 ●出産は平均8人 増山 ラオスのお母さんは子供は何人ぐらいですか。 谷山 平均八人ぐらいは産みますが、一〇〇〇人の内二〇〇人近くは五歳までに死んでしまいます。原因は栄養失調、母親に体力がない、未熟児で抵抗力がないため病気にかかりやすい、などですが、それでも子供は家事の手伝いなどで必要だということで……。 鍵富 昔の日本の農村のょうですね。多く産みすぎてまびきしたという時代もあったわけですから。 ●元気のない子供連 鍵富 子供達の様子は? 谷山 元気がないですね。行儀が良いというのか、日本のようにはしゃぎまわる子を見かけません。慢性的に栄養が足りないこともありますね。 鍵富 結婚は早いのでしょうか? 谷山 都市と農村部では多少違いますが、二〇歳前後で結婚し独立しますが、分家するわけで行き来は頻繁に行なわれます。 ●農村の生活改善を 鍵富 呑山さんは今、どんな仕事をされていますか。 谷山 農村地域に栄養価の高い作物の作り方、その有効な食べ方、また、子供の衛生指導、生活改善指導のできる女性を養成したりという仕事です。 鍵富 なぜ女性なんですか? 谷山 女性が家庭では一番の要であり、女性が変わることが生活改善につながっていくとの考えです。 鍵富 他の国についてもそうですか? 多賀 女性はどの国でも働き者ですね。農作業・家事・育児・水汲みまで全て主婦の仕事なわけで、忙しすぎて子供を見ることができない。そのことも子供の死亡率を高めています。 ●国と民間のボランティアの違い 多賀 政府は学校や病院などを造りますが、飢えで学校にも行けない子が多い。病院を建てても、医者さえいない。そんな現実にそぐわない援助をしているのです。それに比べ谷山さん達は、その村へ入って、何が必要なのか、どうしたら食べられるのか、どうしたら難民を出さないですむのかに取り組んでおられます。 谷山 おしつけない、目に見える成果ではなく、彼らが必要としているものを彼らに作らせることが、ニーズに合った援助ではないかと思います。 ●愛情の豊かさを学ぶ 谷山 日本人と結婚したラオスの女性が、夫の父親の「ボケ」に献身的につくす姿を見て、むこうでも親子のきずなの深さに驚かされ、女性の心の豊かさに反対に学ばされたりします。 多賀 日本は、進むテンポが速すぎて、祖母、母、娘に教えることが違ってしまって、反対に親が子に教わることもあるような時代になりました。 谷山 ラオスでは、貧しいけれど、機織りなんか祖母、母、娘三人が一緒に織っている。その中で伝統を受け継ぎ、親娘のきずなも生まれる。 鍵富 昔は日本にもあったような気がします. 増山 今でも料理の世界などでいくらか残っていますね。味噌汁の味や新潟料理「のっペ」の味なんかは母から母へそして私へと家庭の味が受け継がれているぐらいで、親娘のきずなを反対に学ばされますね。 ●新潟とラオスは似ている 多賀 奥ゆかしくて、心は強くて、働き者で、本当に新潟の女性に似ているんですね。 鍵富 農業国で女性が働き者で、新潟に似ている。そして、貧しいけれど人との心のふれ合い、親娘のきずななど、反対に学ぶものも多いですね。 多賀 我々もラオスから学び、そして新潟からラオスを支えてゆく。そうしたいですね。 増山 新潟県民は、やるまではシャイな部分がありますが、やると決めたら強いです。 鍵富 どこの国のお母さんも、暖かみと強さと、包容力...、子供を産むから強いんですね。 増山 産んで育ててゆくパワー。つらいこともいっぱいありますもの。ありがとうどざいました。 ----谷山博史氏の略歴------------------------------------------------○東京都出身○中央大学法学部卒業 〃 大学院終了○JVCのスタッフとしてカオイダン難民キャンプで働き、現在はJVCラオス駐在代表------------------------------------------------------------------ 「新潟」発「地球」行-心の輸出- 新大教授 多賀秀敏 国際化の時代といわれ、地球は確実に狭くなっています。国境を越えた物のやりとりは史上空前の規模に達しました。 それでは、地球上の富は平均化されたでしょうか。まったく逆です。狭くなった地球の上で、経済的格差は広がる一方なのです。たとえばラオスでは一人当たりGNPは一五〇ドル以下と推定されています。わが国では、約二万ドルに達しています。 この差は、「文化的で健康な生活」を保障する活動にも影響しています。医師や看護婦、病院の数、栄養の摂取量、識字率、学校に通える子供の数など、どれをとっても驚くほど低い実情です。こうしたことを総合すると、人の命の問題になります。ラオスでは誕生した子供のうち五人に一人が、栄養失調、病気、不慮の事故などで、生後まもなく死亡するといわれています。 ラオスが長い間植民地だったことや内乱が続いたことも原因です。今、必死で国の再建・発展に取り組んでいますが、国際経済構造が、出発が遅れた国ぐににとって有利ではないことも障害です。発展には外貨が必要なので、無理な輸出をせざるを得ない場合もあります。この国から日本は大量の木材を輸入し、そのために立ち退きを強制された人びとすらでています。 難民も流出しています。この難民の世話をするうちに、JVCはむしろラオスの国内の開発を手伝おうと考えました。現在、社会の生活改善運動を進める婦人リーダー育成を手がけています。 この地球をもっともっと住みよくするために、自分も貢献したいという人はたくさんいるはずです。でも国境を越えて発揮するのかわからないという人も大勢いるでしょう。 ヴォランティアーとして活動する人びとを通じてラオスとつながることができます。新潟にいながらにしてできる立派な国際活動です。新潟市民の心意気でラオスの農村生活を改善しようとする婦人たちを支援してみませんか。ご協力をお願いいたします。 市民一人一人がラオスを救おう 近藤元次衆議院議員夫人 近藤 和枝 日本のODAについてはいろんな批判のある処ですが、谷山さんは、現地の方々と共に生活の苦しみを味わいながら何が、この国に必要なのか体験され「私達のやっている事を見に来て頂いて、最小限必要な援助を継続して頂きたい」と言われます。特に子供の命を預かる女性の援助に取り組まれている事に心から声援を送りたいものです。 新潟千歳ライオンズクラブ会長 笠原健一郎 理解と扶助と 日本のボランティア団体がラオスに贈った母子研修センターが、真に村起し運動の基地となるために、このセンターで学ぶ女性達の献身的な情熱と意欲に溢れた活動を願わずにいられない。 また、系統的な組織や潤沢な資金が準備されてこそ彼女らの活動が実るのだと思うとき、現状理解が深まり、援助の輪が更に広がることを期待したい。 国際ソロプチミスト新潟-東会長 加賀田富士子 明日の世界のために 私達は、ラオスの婦人が国内で安定した生活と、健康な家族、子育てをするためのお手伝いをしています。そして「自助努力」を促すことを基本にしているJVCの活動に賛同し協力しています。 市民ができる国際親善活動、明日の世界のために皆様の温かい友情の一品をご寄附下さいますようお願い申し上げます。 主 婦 今西美恵子 先日JVCのラオス駐在代表の方にお話を伺ったが、平和で豊かな日本に住む私達には想像を絶する現伏であった。今私達に出来ることは何だろう.経済大国の驕りを捨て自分の大切な時間と心を何に向かって多く使う事が出来るか、他人の為にさせて頂く事によって自分も又嵩高な境地に生きる事が出来る。一人では無理。大勢の真心が集まればきっと、きっと……。 農業委員 皆川 書作 命の大切さ 天びに干した米はおいしい。植物は全て青味のあるうちに、種に栄養価を送り続けるからなのですが、生命の尊さを私は農業から学びました。 ラオスの話を聞いていると、日本の歴史、農業国の歴史は時間差こそあれ私たちの悩んできたことを今、彼らが悩んでいるような気がします。特に、農家の主婦が働き者であると聞いて新潟の女に似ていて新潟の農家の我々に人事でないような気がします。 現在、農家の生活回線にて取り組まれているとのことですが農業の歴史歴史は一朝一夕にはできませんが、がんばって欲しいと思います。
愛の手が着実にラオスに
新潟市民の援助が指導員を育てる!! 去年十一月、新潟市のグリーンプラザで開催された「ラオスの子供を救おう愛 の掛け橋バザー」は、おかげさまで大成功をおさめました。この成功を、現地で活動するボランティアーたちに一刻も早く伝えて励まし、この目でプロジェクトの実態を確かめたいという思いから、十二月に十日間ほど現地を訪れました。 【ラオス初の民間協力】 ヴィエンチャンは、落ち着いた街です。めざすJVCの 「友好母子研修センター」は、メコン川のすぐそば、ラオス女性同盟本部の隣にありました。清潔なクリーム色の二階建てで五〇人が泊まりながら研修を受けられるよう施設が整っています。日本からラオスヘの初の民間協力プロジェクトにふさわしいものです。 【村人からも高い評価】 この建物で研修を終えた一期生たちに会いに近郊の県にも行きました。活動に寄せる村人たちの期待と評価がきわめて高いことを知りました。「母子保健や栄養徹生、野菜作りなどの農業技術、こうした知識については、これまで各省庁からバラバラに来る役人が集会を開いていた。集会に出るのは男衆ばかりで、結局、地についたものにならない。ところが、今回の活動では村の女性代表が直接研修を受ける。帰ってくると、村の家を一軒一軒回る。こうした知識が真に必要なのに家から出ないので聞くチャンスのない女性たちに確実にいきわたる。その上いつでも相談に行ける。そんなにいいことはない」これが村人の意見でした。 現地プロジェクトを参観して 【善意は着実に人々の手に】 今回のバザーに寄せられた善意は、政府が行う巨大援助とはひと味違って、「今まさに協力を必要としている人々」 の手に確かに届いいると実感しました。JVCは、このプロジェクトを地方にも拡大しようとしています。すでにもうひとつの新たな「母子センター」の建設に着工しました。 【世界でもめずらしい】 滞在中、視察中のアメリカの国際民間団体(NGO)PACTの女性に出会いました。PACTは、NGOを訓練するNGOです。今回のバザーの顛末を話すと、信じられないと驚いていました。「アメリカでこうした基金集めをしようと思ったら政府や国際機関に頼むか、教会に頼るしかない。何も組織のない所で、ラオスと縁もゆかりもない地方都市で、市民運動的にこれだけの善意を集めるとは考えられない」ということです。世界的にも珍しいし、アメリカでも参考にしなくては、というのが彼女の結論でした。世界のモデルケースを今後も新潟から地球発信し、同時に活動を通じて新潟自体を魅力ある地域に変えていくという決意をあらたにした次第です。 ラオス【位置】 インドシナ半島にあり、北は中国、南はカンボジア、東西をベトナム、タイに挟まれ、特に、タイとの国境はメコン川沿いにあり、人的交流が盛ん。【人口】 三六〇万人。【国家】 一九七五年、ラオス人民民主共和国が無血革命により成立。以後社会主義政策をとっている。【民族】 多民族(60)国家。【言語】 ラオス語(フランス領時代があり、仏語も)【宗教】 仏教【産業】 農業【難民】 長く続いた内戦で国は疲弊し、内戦時反対勢力だった人たち、村がさびれて食べられなくなった人たちが難民となってタイ方面から出て行った。その数約30万人といわれる。 新潟市民へ御礼の訪問新潟を愛する心をラオスへも 3月13日の午後、ラオスから、ラオス婦人同盟の幹部で、母子訓練学校の校長の、カム・オン女史が、先の新潟市民運動でのバザーの御礼に、新潟市長へ表敬訪問した。同行してこられたのは、このバザーの架け橋役になった、新潟大学の法学部教授多賀秀敏(国際関係論、平和論)氏と、JVC(日本国際ボランティアセンター)の谷山博史ラオス駐在代表等で、市長応接室で三十分程、歓談した。 今回の訪日は、関西で開かれたNGOの国際会議に出席するのが目的。その折どうしてもラオスに愛の手を下さった新潟市民へ御礼がいいたくての来港となった。 『暖かい心にふれて』 「新潟市へ来る途中で、始めて雪をみました。新潟駅へ着いた時も大変寒いと感じました。でも、新潟の人々の暖かい心にふれて寒さもふきとびました」とカム・オンさんが話せば、 若杉市長も「新潟地震の時、世界各地から、心暖まる援助を頂き、その時の事は忘れません。困っている時はお互い様です」と。 「バザーのお金は、母子研修センターでの女性指導員の育成に使います。第一回の卒業生20人が、地域へ帰って多くの人達に研修成果を広めております。今、第二回生が研修している処ですが、まだ17県の内4県の人達しか参加できませんどうか、これからも暖かい新潟市民のご協力をお願いします」とのお願いに、市長も「新潟市民の一人として、継続してのご支援が続く事を期待しており、私もできるだけ協力していきたい」と答えておられました。 新潟市の女性団体の役員と カム・オン女史が、新潟市にこられるという事で、 「にいがた女性大会」参加者の方々が、急遽会合を開いて下さり、新潟市民運動での擾助が、どんなにラオスの国の子供を救う事になるのか、現状のスライドを見ながらカム・オン女史・谷山氏の訴えに耳を傾けた出席者たちは、同じ母親としての悩みに深く共鳴し、たくさんの質問がだされ、「本当に有意義な会に出席させて頂きました」という声も。カム・オン女史も心温まる女性の方々にふれ、「皆様が新潟を愛するのと同じように、ラオスにも愛をわけて下さい」としめた。 新潟市民に感謝します カム・オン・ペッダォホン女史ラオス婦人同盟幹部、「母子訓練学校」校長 新潟市民の皆様の暖かい善意は、ラオスの国にとっては大変ありがたいものです。 今私共は、女性の研修のプロジェクトを行っております。その一期生20人が地元へ戻って農村の生活改善の普及にあたっております。母子保健や栄養衛生、農業技術等の知識は、今迄は男性中心でしたが、今回のJVC・ラオス婦人同盟のプロジェクトは、村から女性の代表を選んでの直接研修で、一期生は、早くも地域で、確実に広がりを見せ大きな成果をあげております。現在二期生20人が一生懸命学んでいる処です。 でも、まだまだ17県の内わずか4県の人達にしかすぎません。新潟市民の暖かい協力で、ラオスの農村生活の向上と、乳幼児の死亡率低下が確実になります。 どうか新潟市民の暖かいど支援を、これからも続けて下さるよう心からお願い申しあげます。 谷山博史JVCラオス代表 先回のバザーでは、二百十万円を超す収益金をあげられたと聞いて、ビックリすると同時に、新潟市民の皆様の暖かいお心に深く感謝致します。 特に、何の組繊もなく、縁もゆかりもない、新潟という地方都市から市民運動が起こり、国境を超えた支援の形は、世界的に珍しく、、他のNGOも今回の新潟のバザーを高く評価しております。 また新潟市民の活動は、ラオスで働く私達ボランティアIにとって、どんなに心強い励みになるか計りしれません。どうぞ今後とも新潟−ラオスの架け橋を末永く結んで下さることをお願い致します。 カム・オン女史は各地を廻りましたが、新潟訪問を一番楽しみにしていました。市民の皆様に、日本語で「ありがとうございました」と言え、日本流のお辞儀でお礼ができたとよろこんでおりました。